難関の大型二輪免許/不合格が続いたけど教官の情けに泣いた話

大型二輪免許、僕が受験した当時は限定解除試験といわれていて合格率7%前後の超難関試験でした。

この限定解除試験になかなか受からなくて苦労していた頃のエピソードです。

 

試験に落ち続ける

試験コース内でのスピード違反で不合格になって以来、再び第一関門の一本橋での落ちグセがついてしまって5回連続不合格となっていました。

教習所のコースでは十分合格できるレベルの技能はついていると教官からはコメントをもらっていたんだけど、本番になると弱くなるパターンにハマっていました。

こればっかりは練習と場数を踏むしかないと思って、ひたすら毎日教習に明け暮れていました。

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教習所の特訓

試験になかなか合格できない僕を哀れに思ったのか、教習所の教官がマンツーマンで特訓してくれたのはいい思い出です。

この特訓がまた強烈で、大型バイクで教習所のコース内にパイロンを立ててハイスピードで爆走するという特訓でした。S字コースやクランクまでも。お陰でコケまくって生傷が絶えなかったよ。

教官は元白バイ隊員でジムカーナ競技でもかなりの上位に食い込む実力の持ち主だったから、その感覚で特訓してくれたみたい。少しでも自信をつけようとしてくれていたのだと思います。

でも、僕は運動が苦手だったので効果はなく自信もつかなかったのが残念でしたね。個別に特訓してくれたのは嬉しかったけど。

 

教習代を払いすぎて破産寸前だった

半年近く試験に落ちまくって毎日補修代を払って教習を受けていたので懐は破産寸前でした。

経済的にも教習代も払う余裕がなくなってしまうほど、厳しかったですね。

その貧乏さ加減といったら、朝と昼は食パン1枚、夜はというと、当時の勤め先は残業は出ないかわりに晩飯に定食の出前を無料で注文できたので、それで済ませていました。その他のことに回すお金はなかったですね。わずかな貯金を切り崩して生活していましたね。

それで困っていたらね、教官が自分のジャケットを貸してくれて、タダで乗せてやるから教官のフリをして練習してろって言ってくれて、これにさすがに泣けてきましたね。

 

さいごに

最終的に年内には合格できたのですが、メンタルコントロールさえ上手くできていたら、もっと苦労せずに合格できていたと思います。

メンタルコントロールの方法については当時を反省して、記事にまとめているので気になる方は読んでみて下さい。

【参考記事】難関の大型二輪免許試験とメンタルコントールの秘訣

蛇足ですが、ボクが限定解除試験を受けたの札幌市です。札幌時代は不思議とこんな風に人情溢れるエピソードに事欠かなくて、この辺が僕の札幌好きの原因のひとつでもあるのですよ。

では

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sim(清水了)

動物写真家、ブロガーとして活動中。 諸々の閉塞感を打破するために、20年以上勤めた会社を40代半ばで辞めてフリーになる。 属性は他に、博士(農学:専門は微生物)、DTMer,ツーリングライダー歴30年。